主に不平不満を書く日記

9割不満、1割賞賛を述べる日記です。

避妊・中絶ができるって素晴らしい事なんじゃないかと思う。

この前ダーウィンが来た!で「白オオカミ」の特集をやっていた。

北国に住むオオカミが主人公だが、

食べ物が少ない地域の食物連鎖のトップなのにやたら子だくさんだった。

 

それで、前の年に生まれた娘オオカミが群れを作れず母親のいる群れに戻ってきて

母親がすでに産んだ子オオカミの世話を一緒にするんだけど、

結局群れの中でのカーストが低くエサが十分にもらえなくて死んだ。

 

オオカミは避妊や中絶なんてしないから、エサがあればあるだけ増えるし、

その次の年にエサがなくなればカースト順にどんどん切り捨てていく。

 

人間的に考えたら、生後1ヶ月の子オオカミを育てるよりすでに繁殖できそうな娘の方を生かした方がオオカミ的にもいいかと思うんだけど、

そこは違うらしい。

 

よく考えると、動物って避妊も中絶もしないから

「自分がちゃんと子育てできるか」考えず増えたいだけ増えるよね。

 

それで、同じ巣の中で死んだ兄弟を食う兄弟(これはフクロウの話で見た)みたいな

地獄絵図みたいな事も生まれる訳で。

 

こう見ると動物の世界ってほんと、何なんだろ?

動物にも親と子の愛情はあるけど、

3つ卵を産んでその中で殺し合いをさせて生き残った1匹を子供として育てる(これはペリカンの話で見た)というとんでもない子育てをしている種族もいるし、

道徳的に考えてしまうね。

 

要はさ、避妊や中絶をしないから親子・兄弟間の悲しいバトルがある訳で、

ちゃんと動物も自分が育てられるキャパの数だけ子供を作る事ができれば悲しみは減るのではと思う。

 

だからさ、避妊・中絶は悪!かわいそう!という意見もあるけど、

全然かわいそうじゃないよ。

 

むしろ育てられないのに生まれてきて、

兄弟間で争ったり虐待される方がかわいそうだよ。

 

避妊と中絶は人間の黄金の知恵!

 

だと私は思う。

 

 

 

終わり。

漫画 少女終末旅行 最終回 感想 ほんのり絶望と共に

ああ~、最上階、あっけなかったね。。

 

すごいくらい何もなくて、

今まで「廃墟だね~」と言いながら通り過ぎてきた下層と同じくらい空虚だった。

 

でも、チトもユーリもここで人生の答えみたいなものを見つけられたと思う。

 

特にチトの心理描写が細かく描かれていたからチトに言及する。

チトはコツコツ旅の日記を書いていたのにそれを最後は燃やしてしまう。

 

今までの旅の記録がなくなるって事は、

チトにとっては今までの事が「なかった事になる」と思うんだけど、

最後は、そうじゃない、自分の心に強く残ったものだけが真実で、全部を記憶しなくてもいいんだって分かったんだと思う。

 

チトが本を集めていたのも、「この世の記録」みたいなものを残したかったからだと

思うんだよね。

本がなくなったら、この世界も最初から廃墟だったみたいな感じになっちゃうとか思ってたとか。

 

でもそれより大切なのは、本を燃やしながらユーリと一緒にご飯を食べたり寝たりする事で、それは毎日できてたから「人生最高だったね」という言葉が言えたんじゃないかと思う。

 

少女終末旅行というタイトルだけど、本当に最後まで「終末」だったね。

世界だけじゃなく、チトとユーリの人生も終末っぽかった。

 

「終末」なだけで「終わり」じゃないから、

二人が死ぬ所までは書かなかったのかなと思う。

 

ところで、チトとユーリってなんとなく宇宙飛行士の名前っぽいよね。

そして黒い石があったので、もしかしたらあの後

二人があの黒い石を使ってワープして人類が繁栄している惑星へ到着する、という

UFOエンド的なものもあり得るかもしれない。

 

ゆるやかに死ぬエンドも全然アリだけど。

 

いや~いい漫画だった。

 

 

終わり。

臣女 感想 愛というか何というか。

この前のアメトークで芸人さんがオススメしてて、

「後半がほぼ糞尿の話」というのが気になって「臣女」を読んだ。

 

うーん、確かに糞尿の話だな!

ていうか前半も糞尿だし、全体の80%くらい糞尿の話だな。

 

でもこれを芸人さんは「愛の話」と言っていて、

読むと確かに愛の話だった。

 

少女漫画の愛がどこまでも綺麗な愛なら、

こっちはどこまでも汚い愛?

 

汚いというと語弊があるか。

なんていうか、どんな人間でもうんこするよね、うんこって大事だよね。

例え恋愛中でも、みたいな。

 

途中から人間じゃなくて動物を飼っているような世話の仕方だったけど、

やっぱり人間として見てて、うーん、なんていうか主人公の男はよくやったな、と思う。

 

それなら早く病院へ連れて行けよ、って話だけど。

 

いやでもこれが二人の選んだ道なら仕方ないのかなあ。

 

もし二人が山に行けたとしても食料がなさすぎて奈緒美は餓死…、いや、主人公を食べちゃってたかも?

 

奈緒美が普通の人間に戻って二人で平和に生活するエンドも望んでたけど、

結局奈緒美は死んでしまったね。

 

主人公はこれからどうするんだろう…と思ったけど、

主人公は死にそう。

 

奈緒美の介護疲れというか、ある意味生きがいだったし。

 

介護中も、主人公は別の女性に行こうとしたり

色々フラフラしてたけど、それが人間っぽいと思った。

 

フラフラするけど、奈緒美を捨てずに戻ってくるっていうところが、

人間の良さなんかなと思う。

 

うーん、良さかな?

それなら病院と言うかしかるべき機関へとも思うけど、

自分勝手だが「最後まで自分で介護したい」と主人公が決めちゃったのかも。

 

あと、木村って人、結局なんだったんだろう?

なんか作中「犯罪者かな?」という前振りみたいなのがあったけど、結局何もなかったよね。

 

竹林は、うーん、やっぱ嫌な奴だなあと思う。

竹林は竹林で闇が深そうだけど。

 

総合的に見て、臣女はどうだったか?というと、面白かった!

 

どんどんやばい方向に向かっているので、スリルがあった。

途中、主人公がフラフラしまくるのもリアルで面白かった。

 

そりゃあ最初は「不倫したバツだ!」と思っていたけど、

あまりの悲惨さに「もう許したれよ!」って思ったもん。

 

フラフラするのも仕方がない。

バツとしては重すぎるよ。

 

奈緒美は、作中でも「自分は子供」って言ってたし

先生に本気で恋してしまうような子だったから、

多分ちゃんと自立できない子だったんだと思う。

 

だから自分には先生しかいない、先生について行くしかないみたいな事を考えちゃって、最後死んでしまった。

 

不倫した時点で見限れば、何も起こらなかったかもね。

そう考えると、あまりに純粋すぎた奈緒美の心が主人公の不倫によって心が壊れて

あんな異物になってしまったのかも。

 

中身が憎しみとか後悔しかないから、糞尿や痰などの汚い物しか出てこないとか。

 

うーん、

人を愛するには、まず自分がしっかりしてなきゃダメ、

自立してないと依存しまくっちゃってどうにもならないという事を学べた気がする。

 

そうだね、そうだ!

奈緒美は残念だったけど、主人公に依存し過ぎてしまったんだ。

 

そして主人公だけど、よくやったとしか。

後はこれを小説に書いて、お金を儲けて各方面に賠償金を払って…

でも金持ちになれても、主人公は死にそうな気がする。

 

大切な家族が死んだというより、ペットロス的な気持ちで。

 

なんかさ、よく考えたらやっぱり人間が愛するには「程度」があると思うんだよね。

あまりに異物になりすぎると、愛はあるだろうけど人間としての愛なのかというとちょっと違って、動物とか無機物に対する愛になりかわっちゃって、

動物とか無機物は喋れないから人間が都合よく解釈しちゃう事があるじゃん。

 

例えばペットの猫が「にゃ~ん」と甘えてきたら

人間は「ご主人様ぁ~!なでて~!」と言ってるに違いない!と解釈する事が多いけど

実際は「おいクソ人間。てめーしかいないからさっさとなでろクソが」とDV野郎みたいな事言ってるかもしれないし。

 

奈緒美はもはや動物っぽくなっちゃって、そこでもう主人公との人間としての繋がりはなくなったのかなあと思う。

 

それを考えると、主人公と異物の奈緒美はもはや夫婦ではなくペットと飼い主の関係になっちゃって、人間同士の愛の物語ではないような気もする。

 

愛は愛なんだけどさ。

 

うーん。

臣女ってタイトル、巨女のミスから始まったやつだったんだね。

でも巨女より、臣女の方が合ってる気がする。

 

臣って家臣とかに使われるけど

主人公が途中から家臣みたいになっちゃうし。

 

そして「女」っていうのが、なんかもう動物って感じで奈緒美っぽい。

 

 

 

おわり。

0才~3才くらいの子供は「認知症患者」に似ている。

 

 

「育児って楽じゃね?」

「子供と遊んでるだけでいいんでしょ?」

 

「育児中の専業主婦なんて空いた時間

自分の好きな事しまくりじゃん」

 

という意見がある。

 

そこでこういう例えを思いついた。

 

「子どもは認知症患者に似ている!」

 

しかも、おだやかな認知症患者ではなく、

 

 

・気が付けば黙ってそこらをウロウロする徘徊系。

 

・家のものを無自覚に壊しまくる破壊系。

 

・壁にうんちを塗りたくる排泄系。

 

・世話をしている人に「お金取ったでしょ!」と泣きわめく被害妄想系。

 

・自制が効かず、外に連れ出せば「ギャー!」と感じたまま叫ぶ奇声系。

 

・いきなり発情して場を凍らせる欲情系。

 

 

これらの複合型だ。

 

認知症患者の在宅介護がどれほど大変かは、

介護をしたことがない人でもある程度分かると思う。

 

また、彼らは常に監視が必要で

少しでも監視を怠れば

「ちょっと目を離したすきに外へ出て電車に轢かれた」

 

という話がゴロゴロ出てくる。

 

そうなると24時間介護の状態になるので

「いくら身内で訳が分からなくなっているとしても耐えられない」

 

という話もたくさん出てくる。

 

 

いくら「ダメ」だと教えようとしても、

認知症患者は脳の一部がダメージを負っている為

物理的に学習ができない。

 

一方0才~3才の子供も

理解できない・もしくは理解しても自制が効かない事が多い。

 

 

ほっとくと物を壊す・寄生をあげる・情緒不安定の認知症患者と

24時間いることを考えてみよう。

 

とても大変そうですよね。

育児も同じ。

 

体のサイズが違うだけで、

やってることは同じだ。

 

だから「育児って楽~」な訳ない!

認知症患者に世話しやすい人がいるように、

子供にも世話しやすい子もいるけどね。でも少数ですよ。)

 

だから正常な大人にとって

散歩だって買い物だって本来地獄なんだよ。

 

みんなだって、認知症患者をつれた人が買い物や散歩にきて、

急にその人が奇声をあげたり勝手に商品を取ったりしたら「うわあ」と思うし、

お世話の人がそのつどみんなに「すみません!」と謝っていたら

いたたまれない気持ちになるよね。

 

大変だな~と思うよね。

 

 

育児もそれと一緒!

 

 

言葉を理解できない子供は家にいてもストレス溜まるし、

外に連れ出してもそれなりにストレスが溜まる。

 

 

そう考えるとさ、

「0才から保育園に預ける」というのも悪い気はしなくない?

 

0才から預けるなんて…と文句を言う人もいるけどさ。

 

ひどすぎる認知用患者をプロにお任せするのと同じ。

こちらが全て抱えてしまうと、こちらがつぶれてしまう。

 

だったら保育園というプロ集団にデイサービスみたいな感じで

ある程度任せた方が、ストレスも減るし経済も回る。

 

 

 

 

おわり。

 

 

どんな動物でも、頭が良くなれば人間みたいな倫理観を持つのだろうか?

人間は複雑な倫理観を持っている。

 

例えば野生の動物は生きる為に

何の疑問もなく他の動物を殺しているけど、

 

人間は「ごめんね…」みたいな気持ちを持つ。

 

だから供養碑を建てたりもするしね。

 

後は強い奴は弱い奴をいじめちゃダメとか。

野生の動物だったら、弱い奴は殺されて当然なところある。

 

でももし野生動物が人間並みの頭の良さを持つことができたら、

やっぱり人間みたいな倫理観を持つようになるのだろうか。

 

本能のままにウェーィで生きている動物も、

哲学的なことを考えるようになるのだろうか。

 

これはちょっと宇宙に繋がるんだけど、

「違う惑星に住む生き物同士は分かり合えるのか?」に関して。

 

もし外見や生活空間が全く違っても、

脳(もしくは脳に準ずる器官)の発達の方向性が同じなら、

同じ倫理観を持つはず(むやみに生き物を殺さないとか、約束は守るとか)

だから、分かり合えるのかなって思った。

 

SF作品なんかでは、

出会った惑星を

片っ端から植民地にしまくる残虐な生物も

出て来るけど、

 

もし自分の星から別の惑星へ遠征できるほどの

発展した文明を作り出した生物の脳だったら、

そもそもそんな悪いことは考えたりしないんじゃないかなと。

 

頭が良くなるほど、仏というか広い心を持てるようになるんじゃないかと

思うんだよねえ。

 

 

 

おわり。

トロッコ 1人を救うか5人を救うかの答えは「手を出さない」が正解。

道徳的問題で、

ロッコで1人救うか5人救うかという問いがある。

 

詳しくは調べてね。

 

 

あれの答えを色々考えてたんだけど、

最終的な答えは

 

「警察と救急に電話する」

 

と気づいた。

 

つまり、自分は手出ししない。

 

この問題では、

1人の方も5人の方も自分の知り合いではない。

 

ということは、

人数を抜きにして

 

「こっちを救いたい」という個人的な気持ちはない訳だ。

 

ということは、

1人を見殺しにしようが5人を見殺しにしようが変わらない。

 

レスキューでもジャックバウアーでもない私には、

両者を救うということは無理だ。

 

私にできることは、

どっちにしろトロッコが人にぶつかるだろうから

その後必要になる警察や救急にすばやく連絡するだけだ。

 

どっちかを助けるとする。

もし

1人を救えば5人の亡霊が、

5人を救えば1人の亡霊が事故後私を襲うだろう。

 

だったら、どっちも助けない方が良い。

 

どっちも助けなければ、

少なくとも「どうして俺たちを犠牲に選んだ」とは言われないしね。

 

時間があってどっちも救えるなら何とかしようとする気も起きるが、

一瞬の判断を求められるならば動かない方が良い。

 

それがその人たちの運命だったと諦めるしかない。

 

 

 

「時間を止める」ってよく考えたらかなりヤバイよね。

昔はアニメや漫画で

魔法や謎の技術を使い「時を止める」みたいなことを

頻繁にやってたけど、

 

実際考えるとかなりヤバイよね。

 

まず、地球は時速1700キロで動いているけど、

これを止めないといけない。

 

で、地球だけ止まったら

他の惑星の動きがおかしくなるから、

 

地球だけでなく月・水星~冥王星、太陽の動きまで

全てピタっと止めないといけない。

 

さらに、地球がくっついている太陽系は

銀河の中を時速86万キロで動いているけど、

これも止めないといけない。

 

地球だけ止まったら1秒で240キロも

太陽系から置いていかれてしまう。

 

さらに太陽系だけ止まったら

天の川銀河の中にある別の銀河の動きもおかしくなるから

 

同じく時速86万キロか

それ以上で動いている多数の別の銀河も

同時に止めないといけないし、

 

そもそも天の川銀河も時速216万キロで移動しているから

天の川銀河の動きも止めないといけない。

 

まとめると、

地球の時間をとめるには

 

地球だけでなく

 

太陽を含む太陽系のすべての星

 

のみならず複数の銀河を内包する天の川銀河まるごと、

 

そして必要ならそれ以上の銀河の時間を

 

同時にとめないといけない。

 

と考えると

ちっぽけな人間が

「とまれ~!」って念じてピタっと時間が止まるというのが

どれほどのパワーがいるのか考えると恐ろしいね。

 

 

 

おわり。