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主に不平不満を書く日記

9割不満、1割賞賛を述べる日記です。

長崎人は「原爆なんか落とされてみじめだった」って素直に言った方が良いと思う。

かくいう私も長崎人でね…。

 

長崎の秘密。

 

・原爆が落とされた日が登校日(8月9日)になっていて、

その日は語り部の話を聞いたり、平和の歌を歌ったりする。

 

・社会科見学で、原爆資料館に行く。

 

・ローカルニュースでかなり定期的に

原爆関連のニュースが流れる。

 

最近は放射能繋がりで、

福島県とのコラボもチラホラ見る。

 

 

そういう訳で、長崎は今でも

 

”原爆が落とされたのってここ最近だっけ?”

 

ってくらい

原爆に触れることが多い。

 

 

 

でも色んなメディアや体験を通して

伝えられることを要約すれば、

だいたいこの2つのどちらかに収まる。

 

①原爆がいかに悲惨だったか

 

②平和を祈ろう

 

 

だが、私はそういうことを学んだ上で、

それよりも

 

長崎県ってみじめだな~」

 

と常に思っていた。

 

原爆は「日本の国力を削ぐ」というよりも、

「新兵器の効果を調べる」という意味合いの方が大きかった。

 

要は、長崎は実験場にされたのだ。

数ある都道府県の中で、運悪く長崎が選ばれた。

広島も同じだが、ここでは長崎にだけ言及する。

 

→戦争のどさくさに隙をつかれて実験場にされるってみじめだ。

 

 

原爆では兵隊ではなく民間人がたくさん死んだ。

→戦争で手を出されるべきではない民間人が蟻のように殺されるってみじめだ。

 

 

”こんな死に方したくないベスト3に入るくらいの死に方”を強要された。

→死に方まで決められてしまって、みじめだ。

 

 

原爆を作ったアメリカは、必ずどこかで投下実験を行っただろう。

どこかの島で、どこかの国で、必ずそれは実行される。

そのどこかに選ばれたのが、長崎だった。

 

何で長崎なのか?

なんで長崎だけがこんなにみじめな思いをしなきゃいけないんだ?

それは「ここに爆弾落としてもいっか」と思われる隙を作ったからだ。

 

そう思われる隙を作った原因は、

日本の外交だ。

外交に失敗し、戦争が始まり、ヤバイ戦況になっても

ちょうどよい止め時を見つけられなかった。

 

そして日本や長崎は、また同じ失敗を繰り返そうとしている。

 

相手はどこか?

アメリカじゃない。

アメリカは、今は味方で大切な同盟国だ。

 

相手は北朝鮮だ。

あっ・・・(察し)となるよね。

 

北朝鮮は今日本海に向けてバシバシミサイルを撃ち込んでいる。

核も作っている。

 

北朝鮮のミサイルもあまり正確ではないから、

誤射で日本に核弾頭ミサイルが撃ち込まれるかもしれない。

 

核弾頭ミサイルだったら、たとえ海に落ちても大損害だ。

 

 

長崎よ。

 

原爆が落とされて、原爆の悲惨さを伝えて、平和を祈って、

それで核の恐怖から解放されたのか?

 

違う。

 

北朝鮮に、「平和の祈り」が通じると思うか?

話し合えば、北朝鮮は核弾頭ミサイルを撃ち込まないと核心できるか?

 

違う。

 

福島県と「放射能怖いねー」と言い合っている場合じゃない。

あほかと思う。

 

長崎が原爆資料館を作ったり、語り部に当時のことを語ってもらうように

したり、定期的に原爆のニュースを流すのは、

 

「もう原爆で苦しむ人を見たくない」

 

というのが一番の原動力だったはず。

 

だが現実は、

また長崎や日本が原爆で苦しむ羽目になりそうな状況じゃないか。

 

 

世界を核兵器の恐怖から守りたいなら、

まず「日本」を核兵器の恐怖から守ろう。

 

相手は北朝鮮だ。

長崎県北朝鮮に近いから、

核弾頭が長崎に撃ち込まれる、被害に巻き込まれる率は高い。

 

長崎が70年間原爆に携わってきた結果、

 

”日本の長崎県って、原爆が落とされて散々「平和の祈り」とか「原爆の悲惨さ」と言ってたのに、70年後また核が落とされたんだってーキャハハ”

 

ってなったら、もうね、

みじめどころか県民まとめてバカなんじゃないかと思う。